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懺悔の生活 [人生書]

懴悔の生活

懴悔の生活

著者、西田天香は、北海道開拓の一事業を任されていたが、
誰かを首にせねば事業継続不能と言う状態の時、
誰も首に出来ず、自ら辞職して北海道を去った。
その後、資本主義の矛盾に悩み、彼は数年、放浪の人生を歩む。
ある日、彼は、ある母親が赤ん坊に母乳を与えている姿を発見する。
母親は、いやいや子供に母乳を与えているわけではない。
子供が母乳を吸う事により、母親は安心している。
与える者と、与えられる者が、自然に共存している。
ここに西田天香は、マルキシズムとはまた異なった、
資本主義の矛盾を解消する為の道を得た。
その後、西田天香は奉仕の人生を歩み、
現代の良寛上人の如く、万人に愛されて余生をまっとうする。

この本の中に、面白い話が書いてあるので、要約して御紹介しよう。

西田は、人づてに、ある事を頼まれた。
ホームレスになってしまった五十男が、京都の東寺の境内にいるから、助けてやって欲しいと。
会ってみると、男は、人から施されたものだが、握りメシと、一夜の宿賃を持っていた。
西田は、無所有の生活だから、その男よりも、何も持っていなかった。
西田が「私は何も無い身です。そうして救われているものです。あなたは私の救われたようにやってみる考えですか。」と問いかけると、男は、「どんなことか知りませんが、できることなら教えていただいてやってみます。」と答えた。
すると西田は「お礼のために、その有るだけのものをもっと無い人に貰うておもらいなさい。」というと、男は目をパチパチさせて、伏目になった。
「できることなら今すぐ棲家と仕事を与えたい。けれども、本当の救いはそこにはない。本当の魂が救われることなしに、この徳を亡ぼした結果の爺が当座の衣食住を与えられたとて、どうなるものか。」と西田は言い、「死ね、今死ね」と促した。
すると、男は涙を流し「どうぞよろしく願います。私は死にます。何分よろしく。」といった。
「それでは爺さん、私に言う通りになさいな、言う通りに。」と、西田は、次の事を命じた。
まず、男が持っている握りメシと、一夜の宿賃を、境内で一番貧しい、ホームレスに分けてあげ、次に、箒で境内を、綺麗に掃除をする。
人が静まって、門が閉じたら、お大師様に参拝して、「ありがとうございました」とお礼を言い、今夜は、門の下で野宿をしなさい、と。
「それから後はどういたしましょう。」というので、「どこからか仏様がお指図をしてくださると思う。」といい、西田は旅に行く予定があったので、去ってしまった。
五日経って、京都に帰ってから、男を呼び出した。
男は「先生、ありがとう。大変にしあわせなことになっております。」と。
話を聞くには、西田と別れた後、言われた通り、握りメシと、一夜の宿賃を、哀れな人に分け、箒で、境内を掃除した。
すると、うどん屋に声をかけられ、うどんを二杯、接待された。
その後、門の下で野宿をし、翌朝、また境内を掃除しはじめた。
すると、今度は餅屋に声をかけられ、茶漬けの接待にあずかった。
腹もふくれたので、今度は滝場の掃除を始めると、ある人物から、「わしはこれまで滝に打たれに来たが、まだありがたいと思うたことはなかった。ところが、爺さんのそのありがたそうな働きぶりにありがとうなって来た。わしの来る間は、わしの弁当を食べてください。寝る所もわしに任せてなあ、爺さん」といわれた。
それ以外にも、たくさんの人に可愛がってもらっていると。
西田は、二杯のうどんは、自分が事前にうどん屋に頼んでいた事で、予定内だが、それ以降は、まったく捨て身の功徳であると、心の中で合掌した。
その後、男は、一灯園の仲間と共に、奉仕の修行を続け、どこに行っても喜ばれて晩年を送った。


2005-10-16 21:14  nice!(0) 
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